1922年(大正11年)10月7日生まれ。

サロメ飯塚さん。本名飯塚マリ子さん。

飯塚さんへのインタビュー

1 信仰に導かれたきっかけは?

父(東大講師)がパリ留学から帰国して徳島県に赴任することになり、戦争の 最も激しい時期をその地で過ごしました。なんといっても父の影響が大きかった とは思いますが、その様な中、戦後すぐに英国から徳島に来た、正確には戦時中の 弾圧を避けて日本からインドに避難していた女性伝道師の導きにより 佐古の教会(現徳島テモテ教会)で洗礼を受けたのがきっかけです。

2 女性伝道師になられた時の思い出は?

現役生活は悲喜こもごも、とても一言では語りきれません。 伝道師になろうと決心したのもやはり先の宣教師の方々の影響です。夏休みに神戸へ招いて頂き、あるきっかけで須磨の幼稚園を手伝うことになりました。神戸初の女性伝道師になったのはそれから間もない頃のことです。それ以降、神戸を離れることはありませんでした。

3 いま伝えたいことは?

女性伝道師になって、信徒それぞれの信仰生活と寄り添うことでいろいろな経験をしました。困難な道程もありましたが、困ったことなど一度もありませんよ。皆さんがいつも協力し、助けてくださったからです。また何日も眠れない時だってありましたが、それでも神さまは見放すことなく見守ってくださいました。皆さんも決して忘れないでください。 いかなる時も、信仰と共に神さまが道を開いてくださるということを。

4 次のバトンはどなたにおつなぎしますか?

 古本純一郎元主教様にお願いします。

飯塚先生の人生を短いインタビューでお伝えすることは出来ません。大戦末期、徳島の地で戦火により多くの形ある物を失いながらもあきらめる事無く、その後縁あって来られた神戸の地で長年に渡り神への信仰と奉仕に自らの人生を惜しみなく捧げられました。また神への日々の祈りの中で、感謝の気持ちを常に忘れる事なく多くの方々に親身になって寄り添ってこられた生き様は皆さんの希望そのものでした。神への畏敬の念と日々の祈りは菰野の地で今も決して絶える事はありません。神さまの恵みと祝福が飯塚先生に豊かにありますように。

神戸昇天教会の信徒のみなさんと
戦後すぐの神戸にて撮影

今回はご本人が2011年に執筆された自分史を掲載させて頂きました。 ⇒移動